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■ビルマ・マングローブ・ひと紀行(2009.3)サイクロンがエーヤワディーデルタを襲ったのは2008.5.2。
14万を超える人が亡くなり,200万の人の家が壊れたとも言われる。
マングローブ林や屋敷林にも,大きな爪痕が残る。
植物群の劣化で,村の生活は様々に悪化している。 研究者にも,「分析と提言」にとどまらない支援が期待されている。
屋根下の梁に登り,彼は高潮を逃れた。
屋根は吹き飛び,梁の上で暴風雨の中,9時間も過ごしたのである。
■カチン・少数民族紀行 2007.12じめじめ・あぢあぢのエーヤワディー・マングローブ林から,爽快な最北部辺境地へ。
カチン州Putao(プータオ)は,ビルマ世界とは趣きがかなり異なる,少数民族の地だ。
ビルマ語の挨拶「ミンガラ・バー」は通じるも,よそよそしさが漂う。
ラワン,リス,シャン,ジンポー,カチン…,それぞれの民族語での呼び掛けには,
男からも女からも,ジイサンやバアサンからも,子供たちからも,トビッキリの笑顔で握手の腕が伸びてくる。
「親しく言葉をかけてくる人を,素直に信じる。」
人と人の関係作りの根源が今も残る,数少ない“桃源郷”のひとつが,プータオ周辺の村々だ。
■久々「ビルマ・マングローブ・ひと紀行 2007.2」久々のアルバム・記事の追加である。
学業も(それなりに)成就し,世間で言う卒業旅行というところ・・・
自転車で村々を巡り,お世話になった村の人々とお茶を飲みながらの,お礼と世間話。
モヒンガ(ビルマ蕎麦)や,ガズン・ユエ・チョォ(空心菜炒め)にも満足。
もちろん街ではMyanmarBeerも!
植林地が少しずつ着実に成林に向かう一方で,広大なエビ養殖池の造成地も出現していた。
マングローブ生態系の再生・維持には,社会・経済的なアプローチが欠かせないのが実態だ。
■マングローブの杜の語り部,逝く・・・・エーヤワディーデルタで植林をしている友人から,訃報を受け取りました。
亡くなったAshe Mayan村長老のアウン・タン氏(U Aung Than)には,私の研究をこれまで支えていただきました。
家の周りに広がる樹園と,近くのマングローブの杜の恵みを,最も巧みに利用していた村人でした。
ザイロフォンを奏でながら民謡を唄う,音楽家でした。
村人の肖像や地域の風景を描く,画家でもありました。
英語を解すことが極めてまれな村人の中にあって,正統な英国語を話す無二の通訳でした。
人々に敬愛され,村長も務めた彼なしには,村への滞在や調査は出来ませんでした。
調査をぬきにして,もう一度ゆっくり語り合いたかった・・・・
ご冥福をお祈りいたします。
■ビルマ・マングローブ・ひと紀行 2005.2雨季のエーヤワディーデルタから,初秋の日本へ。
データ整理や解析もそこそこに,サボっていたブログを更新・・・・
「慌てず・騒がず」のビルマペースで,学位論文はハタシテ仕上がるのか・・・?
■北が呼んでいる・・・梅雨である。が,気持ちは夏である。で,ライダーには「北」に行く準備の時である。
しかし今年も行けそうにない。
「あれも,これも」の季節は過ぎ,「あれか,これか」に思案する。
北の大地,4年前の夏の日々を公開。
■ビルマ・マングローブ・ひと紀行せっかくはじめたブログだ。作文は苦手だが,写真くらいくっ付けよう。
エーヤワディー河口域の,穏やかな暮らしをお楽しみください。
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